京都市北通学圏(探究科は府内全域)に属する、京都市立高女及び京都市立第一高女、堀川高女以来の歴史を汲む伝統校である。長く音楽科が置かれたことで知られたが、今世紀に入って日本有数の公立進学校となった。
1999年の校舎建て替えと同時に「探究科」が設立されると探究科1期生が卒業した2002年、国公立大学への現役合格者数を前年の6人から106人に増やし「堀川の奇跡」として注目された[1]。以降、日本各地に「探究科」をモデルとした類似の学科が置かれるようになった。2000年代半ばから2010年代前半にかけては、探究科定員160名に対し、毎年50名から70名弱が京都大学や東京大学等に進学している。
本能館は本能寺の跡に建ち、廃校となった本能小学校に因んで名付けられた[2]。
本校历史沿革:
1908年 - 京都市立高等女学校設立[5]。
1922年 - 京都市立第一高等女学校に改称[5]。
1928年 - 京都市立堀川高等女学校に改称[5]。
1948年4月 - 学制改革により堀川高等女学校から堀川高等学校に改称。高校三原則により普通科・商業科・家庭科・音楽科を設置。
1953年3月 - 家庭科廃止。
1963年3月 - 商業科廃止。
1997年4月 - 音楽科が京都市立音楽高等学校(現京都市立京都堀川音楽高等学校)として独立。
1999年4月 - 人間探究科・自然探究科設置。新校舎竣工。
2001年3月 - 定時制廃止。
2005年 - 本能館竣工。